昨今の新型コロナウイルスの影響もあり、運送・物流業界の中でも、M&Aを通して会社を譲り受けたり、譲り渡したりしながら事業規模の拡大を目指す企業が増えてきています。
他にも、経営者の高齢化や業績の悪化など、様々な要因でM&Aが検討されています。
しかしまだ、中小企業の間ではM&Aが一般的な選択肢にはなっておらず、「企業を譲り渡したい」と思っても、具体的にどうすればよいのかわからない、という経営者も多く存在する状態です。
この記事では、運送・物流業界におけるM&Aについて、売り手企業側の立場から解説していきます。
気をつけておくべきポイントや同業他社のM&A事例についても解説しているので、ぜひ参考にしてみてください。
運送・物流業界を取り巻く現状とは
運送・物流企業オーナー
肌感覚ではわかっているけど、実際のところ私たちの業界はどういう状態なんだろう?
編集部
M&Aを検討する前に、運送・物流業界を取り巻く状況について、公的なデータとともに詳しく見ておきましょう
eコマースの普及によってしわ寄せを受ける運送・物流業界
運送・物流業界では長年自動車貨物輸送量が減少していましたが、スマートフォンの普及やそれに伴うeコマースの浸透により、輸送量の低下に歯止めがかけられている状態です。
参考:物流業界の動向~ドライバー不足・生産性向上・次世代型物流施設の状況│三井住友銀行
しかしその反面、「小ロット化」が進んでおり、トラックの運送業を営んでいる企業は効率性の低下や配送の他頻度化による負担の増加を一身に受けている状況と言えます。
以下の図は流動ロット構成比の推移を示していますが、ここ20年で小ロットの輸送が増えていることが見て取れます。
参考:物流業界の動向~ドライバー不足・生産性向上・次世代型物流施設の状況│三井住友銀行
トラックの積載効率は年々低下しており、国土交通省の調べによると積載効率は40%程度にまで低下していることがわかっています。
加えて、荷主先での手待ち時間も含めた長い労働時間と、全産業の平均を下回る賃金により、若年層の働き手が少ない業界でもあります。
深刻な人手不足を抱える運送・物流業界
若年層の入職率や定着率が低い運送・物流業界では、人手不足や後継者不足が叫ばれています。
上記の図の通り、全産業の人手不足感を大きく上回る形で、運輸業や郵便業での人手不足感は強まっているのです。
実は国内の運送・物流業界でM&Aが散見される理由は、こうした人手不足感も大きな理由のひとつとなっています。
運送・物流業界でM&Aが相次ぐ理由は?
人手不足や後継者問題の解消
先述したように、運送・物流業界では深刻な人手不足や後継者問題に悩まされる企業が少なくありません。
ドライバーの確保が難しい企業は、業務が立ち行かなくなり廃業に追い込まれてしまうでしょう。
また、のちほど詳しく解説しますが、運送・物流業界ではこれまで以上に「迅速な配達」や「顧客満足度の向上」に意識を向けなければ競合との差別化が図れず、競争に負けてしまいます。
こうした状況の中で、ドライバーの確保はあらゆる運送・物流会社にとって喫緊の課題となっているのです。
M&Aによって他社と吸収・合併を行うことにより、自社が保有しているドライバー数を大幅に拡大できます。
結果として、人手不足感や、近い将来向き合わなければならない後継者問題についても解決の糸口を見つけられるため、運送・物流業者にとってM&Aは生き残りのために必須の手段となっているのです。
競合に対する優位性の確立
運送・物流事業を営む企業にとって「競合に対する優位性の確立」は非常に重要です。
例えば飲食業であれば「何を売るか」「どう売るか」という点で明確に差別化を図れますが、運送や物流業はそうした施策に取り組みにくく、差別化が難しい業種です。
そのため、他社との競争に打ち勝つには「迅速さ」や「丁寧さ」を積み上げた先にあるクライアントとの信頼関係こそが大切になってきます。
しかし、先ほども紹介したように、ドライバーが不足しがちな運送・物流業界において「迅速さ」や「丁寧さ」にこだわろうとしても、どこかで限界が生まれてしまうでしょう。
従業員へ支払う賃金を向上させてサービスの質を高めるのも一つの手段ですが、企業の利潤が減少してしまうので、配送料を値上げする必要が出てきます。
そうなると、クライアントが離れてしまうのではないか、という当初の懸念に立ち戻ってしまうのです。
こうしたループを抜け出すために、M&Aによって3PL(サード・パーティ・ロジスティクス)を実現するなどの手法に注目が集まっています。
また、年々3PL市場の規模も拡大しており、物流の新たな形として期待が高まっているのです。
参考:物流業界の動向~ドライバー不足・生産性向上・次世代型物流施設の状況│三井住友銀行
運送・物流業界におけるM&Aには、こうした新たな需要の開拓や新業態への転向といった意味合いも含まれているのです。
エリアや業績の拡大が見込める
運送や物流業界のうち大多数を占めるのはトラック運送業ですが、そのうち99.9%の企業は中小企業です。
このことからも、全国区で事業を展開している運送業者は一握りであり、多くのトラック運送業者にとって割けるリソースや担当する地域は決まっていることがわかります。
参考:物流業界の動向~ドライバー不足・生産性向上・次世代型物流施設の状況│三井住友銀行
M&Aによって企業が吸収合併されれば、保有するトラックの台数や従業員、資本といった経営資源を共有できるので、配達できるエリアを拡大したり、業務効率を高めてさらなる業績のアップが見込めるようになります。
企業の譲り渡しや譲り受けに限らず、資本業務提携を行う事例も多く、今後はさらにこうした動きが増えていくと予想されます。
M&Aが経営に与える好影響を事例と共に紹介
運送・物流事業を営む企業がM&Aによって企業の譲渡や資本業務提携を行うことで、企業の経営にはどのような好影響があるのでしょうか。
自社の状況と照らし合わせて理解していただけるように、M&A事例と一緒に解説していきます。
小口配送を請け負う企業の譲渡例丨渋谷運輸サービス有限会社
東京都狛江市に本社を置く渋谷運輸サービス有限会社は、2020年6月25日に会社の譲渡を発表しました。
売却先は神奈川県のヒップスタイルホールディングス株式会社。
軽貨物の輸送を主軸に、小口デリバリーサービスの事業拡大を進めている同社は、トラック運送で60年の歴史を持つ渋谷運輸サービス有限会社を譲り受けることで、これまで以上にサービス機能を充実させ、総合的な輸送サービスを提供できるようになります。
小口配送系の小規模な企業であっても、買い手企業にとって、魅力的なサービスを展開している場合は十分にM&Aの可能性がある。と示した好事例でした。
参考:渋谷運輸サービス有限会社の株式取得(子会社化)に関するお知らせ
トラック運送会社の輸送網とドライバーが鍵に丨旭産業株式会社
北海道に本社を置く旭産業株式会社は、2018年6月、苫小牧北倉港運株式会社に全株式の56.8%を譲渡し、子会社化を果たしました。
苫小牧北倉港運株式会社は、陸送を行うトラック会社に配送を依頼する荷主の立場としてトラックドライバーの不足を懸念しており、この問題を解消するための施策として旭産業株式会社を譲り受けます。
旭産業株式会社が培った輸送網や抱えているドライバーを獲得し、ワンストップで物流サービスが提供できるような体制を整えました。
また、旭産業株式会社はこのM&Aによって社名を変更し、2018年6月1日から北倉運輸株式会社として事業をスタートしています。
参考:北倉運輸株式会社(旧:旭産業株式会社)の子会社化に関するお知らせ
旧財閥系の倉庫業へ全株式を売却し子会社に│大西運輸株式会社
2019年7月に、北陸3県を拠点に配送ネットワークを持つ大西運輸株式会社及びオオニシ機工株式会社は、安田倉庫株式会社へ全株式を売却し、子会社化を果たします。
旧財閥系の倉庫事業者である安田倉庫株式会社は全国に広がる物流ネットワークを有する大企業です。
これにより大西運輸株式会社は、保有する物流ノウハウや、オオニシ機工株式会社の持つ建設業への知見を発展させ、より強固な経営基盤のもと、北陸を中心に事業を拡大していくことができます。
こうした大企業による中小企業のM&A事例は散見されます。
中小企業では資本力にも限りがありますが、大企業によるM&Aが成立すれば経営者は株式の譲渡益が得られるだけでなく、より大きな規模で事業の拡大にチャレンジできるのです。
参考:大西運輸株式会社
資本業務提携による原価削減効果も│名鉄運輸株式会社
2016年4月、名古屋市を中心に陸運事業を展開する名鉄運輸株式会社は、日本通運株式会社に全株式のうち20%を譲渡。
2社は資本業務提携を締結し、このM&Aにより、日本通運は第2位株主となりました。
資本業務提携による好影響は多く、特別積合せ運送ネットワークをお互いに利用することで、業務効率化やサービスレベルの向上、物流サービスの連携強化が見込めます。
他にも、共同で仕入れや購買を行うことで、原価が削減されるというメリットが生まれるのです。
また、2社が持つ輸送サービスや蓄積されたノウハウ、資産の活用を通じて事業領域の拡大を目指すとしています。
M&Aが企業の発展に貢献すると示した好事例と言えるでしょう。
参考:名鉄運輸株式会社
大企業同士のM&Aも盛んに│日立物流×SGホールディングス
2016年には日立物流と、佐川急便を傘下に持つSGホールディングスが資本業務提携を開始。
将来的には経営統合を目指していくと発表し、大きな話題を呼びました。
どちらも同じ運送業ではありますが、日立物流の強みは企業の物流を一括で請け負えるサービスに強みを持っており、SGホールディングスは佐川急便に代表されるように各家庭へ宅配便を届ける輸送網が強みです。
両社の強みが上手く活かされたケースとして、日立物流が2019年に建設した新機能搭載の倉庫があります。
eコマース事業者向けに建設された当該倉庫では、倉庫業で生じる様々な作業を自動化する設備を搭載しており、倉庫業に置ける業務効率の向上が見込まれていました。
M&Aの好影響として、この倉庫を利用するeコマース事業者が配送業者を佐川急便に設定すると、納品までの日数が1日短縮される、という特徴があります。
経営統合の架け橋となる一手であり、運送・物流会社がM&Aによって新たな活路を見出す上でも参考になる事例と言えるでしょう。
参考:日立物流
運送・物流業界で企業を売却する手順を紹介
基本的には上記の流れをたどることになります。
ポイントとしては「M&A戦略・目的の決定」や「M&A仲介会社の決定」、「PMIの策定」が非常に重要です。
特にM&A仲介会社を選ぶタイミングは、M&Aの成否を分ける分かれ目となります。
幅広いネットワークを持っていることはもちろん、M&Aに関する実績が豊富で信頼の置けるM&A仲介会社やM&Aマッチングサイトを選ぶのが大切です。
運送・物流業界でM&Aを行う際のポイント
運送・物流業界でM&Aを行う際は、とくに以下のポイントに注意しましょう。
- PMIを通してシナジー効果が見込めるか検討する
- 譲渡前に自社の財務まわりを見直す
- M&A後に得たい結果を明確にしておく
それぞれ詳しく見ていきましょう。
【買い手目線】PMIを活用し、M&Aによってシナジー効果が得られるか検討する
事例紹介でも多く見られましたが、運送・物流業界のM&Aはシナジー効果が生じやすく、新たな需要の開拓も狙いやすいのが特徴です。
そのため、M&Aによって得られるメリットは「ドライバーの確保」「経営基盤の安定」といった即物的なものだけではありません。
長期的な自社の成長も見込んで、どのような企業に譲り渡せば自社がより発展するのか、という点について戦略を描いておくことが重要なのです。
このときに活用されるスキームが「PMI(Post Merger Integration)」です。
PMIは、M&Aを果たす上で生じうる問題点や統合の阻害要因を洗い出して解決策を模索したり、企業文化の違いによる社員同士の摩擦を防ぐ手立てを考案したり、といった準備をする上で非常に重要です。
また、統合後のマネジメントについてもPMIを入念に行うことで憂いなく進められます。
【売り手目線】M&A前に自社の財務周りを磨き上げておく
また、譲渡を考えた際に自社の財務周りを見直しておくことも大切です。
特に中小企業では、M&Aや事業承継時に様々な問題が顕在化してきます。
例えば会社を設立する際に名義株を発行しており、今その株主がどこにいるのかわからないので株式の譲渡が進められない、というようなケースも散見されますし、従業員への未払い給与が残っているなどの不健康な財務状態にある企業も少なくありません。
こうした状況を改善しておかないと、企業の譲り受け先が見つからなかったり、譲渡金額が低くなってしまったりという悪影響が生じるので、あらかじめ財務まわりの磨き上げを済ませておきましょう。
【売り手目線】M&Aによって得たい結果を明確にしておく
先述したように、運送・物流業界におけるM&Aでは様々なメリットが得られます。
そのため、あらかじめ「M&Aによって何を得たいのか」を明確にしておかなければ、譲り渡す相手企業を選ぶ際にも迷ってしまいますし、望んだ結果が得られない可能性があります。
譲渡金額の高さを第一義とするのか、従業員の雇用確保を優先するのか、など、多角的な視点で自社や自分が求めるものを考慮しておきましょう。
運送・物流業界のM&Aは今後も加速していく
目まぐるしく変化する社会情勢に対応すべく、孤軍奮闘している中小規模の運送・物流会社は少なくありません。
しかし、M&Aによって受け継がれた資産や文化、伝統は新たなリーダーのもとで異なる色の花を咲かせるでしょう。
企業を譲り渡す理由は、会社によって様々です。
様々なケースに対応してきた専門家が在籍している仲介会社やマッチングサイト(プラットフォーム)を活用することで、自社の状況に合った適切なアドバイスを受けられます。
また、運送・物流会社は多くの車両を抱えているため、資産的にも高額になります。多くの場合はM&A仲介会社を利用してM&Aを行うことになるでしょう。
弊社ではマッチングサイト(プラットフォーム)だけでなく仲介事業についても展開しておりますので、運送・物流会社の譲り渡しを検討している方は、ぜひ弊社へお気軽にご相談ください。
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