「事業譲渡って結局、会社の何を譲渡することなの?資産?従業員?」
「事業承継を事業譲渡で実現させることができるのかな?手続きを詳しく知りたい」
事業譲渡は事業承継やM&Aの中で使われるスキームですが、株式譲渡と比べてわかりにくい印象があります。
それは、譲渡の対象となる「事業」の意味がつかみにくいからではないでしょうか。
そこで今回の記事では、「事業」の意味の解説から入り、事業譲渡の実態を解説していきます。
具体的には、
- 事業譲渡のわかりやすい解説
- 事業譲渡と株式譲渡・会社分割の比較
- 事業譲渡が向く場合
- 事業承継・M&Aの中における事業譲渡の手続きの流れ
- 事業譲渡の際の対価計算例
- 事業譲渡における従業員の取扱いに関する注意点
を順番に解説していきます。
わかりにくい印象の強い事業譲渡ですが、この記事のように一つずつ分解して確認していくことで、どういったスキームでどういった効果があるのかが簡単に理解できるはずです。
事業承継やM&Aを行う際、事業譲渡が一つの選択肢となるケースも多いため、あなたも今のうちに事業譲渡を理解してしまいましょう。
「事業譲渡とは?」の答えは、「事業」の意味を知ることから始まる
事業譲渡については「そもそもどんな手続きですか?」という質問をよく受けます。
この質問について、法学上の定義を用いて回答すると以下のようなかたちとなります。
事業譲渡とは…
「一定の営業目的のため組織化され、
有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の
全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって
営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、
譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法25条(現在の商法16条)に
定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうもの」
これが事業譲渡の正確な意味なのですが、もちろん読んだだけでは理解できませんよね。
なぜこのように難しい定義がなされているかというと、そもそも「事業」という言葉を正確に説明することが難しいためなのです。
あなたは「事業」という言葉をどのように説明するでしょうか?
言いかえると、具体的にどのような要素が事業を構成していると考えますか?
もちろん従業員や資金といったものは事業に必要不可欠ですし、機械設備・工場・不動産・顧客・取引先といったものも事業には欠かせないでしょう。
こうした事業を構成する要素をしっかりと説明しようとするからこそ、事業譲渡の定義は上述したようにわかりにくいものとなるのです。
以下では「事業」を構成する要素を大きく3つに分けてみました。
このように事業を構成する要素には実に様々なものがあるのです。
つまりは一つの事業を営むために必要な要素のすべてを譲渡してこそ事業譲渡が成立するというわけになります。
単に機械を譲渡しただけでは事業譲渡とはならないのですね。
いかがでしょうか?
ここまで分解して考えてみると「事業」の意味がわかり、それを譲渡する事業譲渡もイメージがついてきたのではないでしょうか。
編集部ちなみに、事業譲渡と似た言葉に営業譲渡があります。
営業譲渡は旧会社法で使われていた言葉で、現在は事業譲渡に統一されています。
つまり意味は同じなのですね。
ところで、事業譲渡の意味はなんとなくわかりましたか?
経営者事業を構成する3つの要素に分解したことで、何となくわかった気がする。
結局は会社によって営む事業が異なる以上、
事業譲渡の際に何を買い手企業に譲り渡すかは慎重に判断しなければならないのだね。
事業譲渡と他のスキームを比較してみよう
事業を構成する要素と、それを譲り渡す事業譲渡のイメージができあがったところで、ここでは事業譲渡を株式譲渡・会社分割を比較してみましょう。
事業譲渡の解説だけではわからなかった部分が比較を通して浮き彫りになってきます。
事業譲渡と株式譲渡の違い
はじめに事業譲渡と株式譲渡を比べてみます。
どちらも中小企業の事業承継でよく用いられるスキームとなっているため、違いを理解しておくことは有益です。
それでは、まずは表で2つのスキームを比較してみましょう。
事業譲渡 | 株式譲渡 | |
売り手の取引主体 | 法人 | 株主 |
譲渡の対象 |
事業に紐づく 人・物・無形資産 |
株式 |
契約 | 事業譲渡契約 | 株式譲渡契約 |
つまり… | 特定の事業のみを譲渡する |
会社ごと 渡す |
売り手としてもっとも気になる違いは、譲渡対価を得る主体ではないでしょうか。
事業譲渡では法人が譲渡対価を得るのに対して、株式譲渡では株主が対価を得ます。
そのため事業承継を完遂して引退したいと考えている売り手オーナーには株式譲渡の方が向いています。
一方で、複数ある事業の一部を切り離して残った事業に集中できる環境を作りたいと考える場合は事業譲渡が向いているのです。
事業譲渡と会社分割の違い
続いて事業譲渡と会社分割を比べてみましょう。
中小企業の事業承継において会社分割が使われることは決して多くありませんが、会社分割は許認可などを自動的に承継できる点で便利です。
事業譲渡 | 会社分割 | |
売り手の取引主体 | 法人 | 法人 |
譲渡の対象 |
事業に紐づく 人・物・無形資産 |
事業に関して有する 権利義務の 全部または一部 |
許認可の取扱い |
個別移転・再取得 が必要 |
自動的に承継 |
従業員の取扱い |
個別同意をとる 必要あり |
包括承継 |
契約 | 事業譲渡契約 | 会社分割契約 |
特徴 | 個別の承継が煩雑 |
包括承継だが、 債権者や労働者を 保護する法定手続き が必要 |
許認可や従業員の取扱いの違いが出てくるので少し難しいかもしれませんが、
事業譲渡が事業に紐づく要素を個別に切り出して譲渡するのに対して、会社分割は事業に紐づく要素が契約によって包括的に譲渡されるところに大きな違いがあります。
そのため会社分割では許認可も従業員も自動的に買い手企業へと移動するのです。
ただし自動的に移動となるため、事前に債権者保護手続き、労働者保護手続きといった法定手続きが必要となります。
編集部会社分割との比較は少し難しいですが、
先ほども述べたとおり中小企業の事業承継で会社分割が使われることは多くありません。
そのため今の段階では事業譲渡と株式譲渡の違いさえ理解できていればOKです。
こんな場合に事業譲渡が向いている
結局のところ事業譲渡は、事業に関連する人・物・無形資産をあらかじめピックアップして、それらの総体に値段をつけて買い手が買い取るという形になります。
そのような事業譲渡のメリットとデメリットは以下のとおりです。
事業譲渡のメリット
- 一部の事業のみを譲渡できる
- 売り手企業に残したい社員を残しやすい
- 買い手からすると、簿外債務を引き継ぐリスクがない
事業譲渡のデメリット
- 譲渡の対象となる人・物・無形資産のピックアップに手間がかかる
- 許認可の移転・再取得に手間がかかる
- 買い手企業と雇用契約を結び直す際に、従業員の流出リスクがある
このように事業承継は譲渡対象のピックアップと再取得手続きに手間がかかりますが、その分、買い手としては簿外債務を引き継ぐリスクの低いスキームであるということができます。
また売り手からすると会社ごと譲渡するわけではないため、事業の整理を行って、残った事業に集中する環境を構築しやすくなります。
こうした特徴があることから、事業譲渡は以下のようなケースに向きます。
- 事業に紐づく要素が多くない中小企業の事業承継
- 売り手が一部の事業は手元に残したい場合
- 株主としてではなく、法人として譲渡対価を得たい場合
- 買い手が簿外債務を引き継ぐリスクを冒したくない場合
- 移転・再取得すべき許認可が少ない場合
とにもかくにも事業譲渡では、
- 譲渡対象をピックアップする作業
- 譲渡された従業員との雇用契約の締結
- 譲渡された許認可の移転・再取得
の3つに手間がかかるため、ここが気になるか否かが事業譲渡を選択するか否かの分かれ道となるでしょう。
事業承継・M&Aの中における事業譲渡の手続きの流れ
ここまでの内容で事業譲渡の大まかなイメージができてきたのではないでしょうか?
あなたが事業承継もしくはM&Aを考えている場合、株式譲渡よりも事業譲渡がスキームとして適している場合があります。
ここでは事業承継・M&Aにおける事業譲渡の手続きの流れを確認しておきましょう。
以下の図を見てください。
特にM&Aの場合は、はじめに買い手を探す必要があります。
これは仲介会社に依頼するか、マッチングサイトで見つけていくことになるでしょう。
そして買い手が見つかったら本格的な情報交換と交渉に入っていきます。
売り手であるあなたが事業譲渡を考えている場合は、情報交換と面談の中で譲渡対象となる要素をピックアップしていくことになるでしょう。
そして基本合意、デューデリジェンスを経て最終合意にまで至ったら、ついに事業譲渡の手続きが開始されます。
事業譲渡契約を締結して、効力発生日以降に従業員や許認可の本格的な移動が行われるのです。
そして最後に仲介会社もしくはマッチングサイトに成功報酬を支払ってM&Aの手続きがひとまず完了となります。
譲渡対象となる要素さえ合意してしまえば事業譲渡の手続きは、ある程度は機械的に進めることができるため、そこに至る交渉が重要です。
編集部中小企業では一人の従業員が複数の事業において重要なポジションにいるケースがあります。
このような場合の事業譲渡では、その従業員を譲渡するのか否かで売り手と買い手の意見が対立することも少なくありません。
経営者意見が対立した場合はどうやって解決することになる?
編集部買い手がその従業員を諦める代わりに譲渡対価を減額する、反対に売り手が諦めて譲渡対価を増額するのが一般的です。
従業員が複数の事業に関わっている場合は、買い手にしても売り手にしてもあらかじめ代わりとなる人材を見つけることができるかまで検討しておくべきでしょう。
事業の価値を算定して、あなたが得る譲渡対価を知ろう
記事も後半にさしかかってきましたので、ここから先は事業譲渡の際の実務的な手続きに踏み込んでいきます。
内容も少し専門的になりますが、かみくだいて紹介するので読んでみてください。
ここでは事業譲渡の譲渡対価の算出について解説します。
売り手としては「譲渡対価がいくらになるか?」は非常に重要なポイントでしょう。
もちろん実際の譲渡対価は売り手と買い手の交渉によって決まりますが、一般的な算出方法を理解しておくことは有益です。
事業の価値を算定する方法に正解はない
一般的な算出方法を解説すると述べた手前、おかしな話に思うかもしれませんが、事業の価値を算出する方法に唯一無二の正解はありません。
以下は事業の譲渡対価を算出する際に利用される大まかな3タイプの方法です。
こうした複数の方法の中から、売り手と買い手がともに納得するようなものを選んでいきます。
「時価純資産+将来利益5年分」で計算してみよう
このように譲渡対価を算出する方法に正解がない中で、この記事では「時価純資産+将来利益5年分」で譲渡対価を算出する方法を紹介します。
これは上記の表の中にあるコストアプローチとインカムアプローチを組み合わせたものとなります。
マーケットアプローチを抜くのは、中小企業の場合は市場で類似会社を探すのが難しいためです。
「時価純資産+将来利益5年分」は貸借対照表と損益計算書を使って譲渡対価を算出するものなので、以下の例を参考にあなたも試してみてください。
「時価純資産+将来利益5年分」による譲渡対価の計算例
先ほども述べたとおり「時価純資産+将来利益5年分」は貸借対照表と損益計算書を使って譲渡対価を算出していきます。
しかし、ここでは以下のポイントに注意しなければならないことを頭に入れておいてください。
複数の事業がある場合、
純資産と純利益における
事業ごとの割合を算出すること
複数の事業を営む会社の場合、貸借対照表も損益計算書も事業単位ではなく会社単位で作られます。
そのため財務諸表を一見しただけでは、譲渡しようとする事業単体での純資産と純利益がわからないのです。
しかし純資産と純利益を事業ごとに切り分けるのは手間もかかります。
そのため、ここでは損益計算書の売上高において譲渡事業の占める割合を機械的に純利益と純資産に適用する形で譲渡対価を算出します。
文章で長々と解説してもわかりにくいので、以下の簡略化した貸借対照表と損益計算書を使って確認していきましょう。
この会社はA事業とB事業の2つの事業を営んでおり、売上高に占める割合は「A事業:B事業=6:4」であるとします。
そして譲渡しようと考えているのはA事業です。
つまり純資産と純利益それぞれの6割を用いて、以下のとおりに「時価純資産+将来利益5年分」を計算します。
A事業の純資産
:900万円×0.6=540万円
A事業の純利益
:387万円×0.6=232万2千円
譲渡対価=時価純資産+将来利益5年分
=540万円+(232万2千円×5)=1,701万円
このように計算A事業の譲渡対価は1,701万円と計算することができました。
この方法ならばあなたの会社が複数の事業を営んでいても、譲渡しようとする事業の対価を大まかに計算することができます。
純資産と純利益から譲渡対価を求める方法は、中小企業の事業譲渡において用いられることも多いため試しに計算してみてください。
事業譲渡をする場合は譲渡する従業員に真摯に対応すべき
さて、長かった記事も最後の章となります。
ここでは事業譲渡の際にもっとも注意すべき点の1つを紹介します。
それは譲渡の対象となる従業員のケアです。
事業譲渡は譲渡の対象となる従業員が不満を抱きやすいケースがあるため、最後に従業員のケアについてしっかりと確認しておきましょう。
事業譲渡において譲渡社員は買い手企業と雇用契約を結びなおす
事業譲渡において譲渡の対象となる従業員の労働契約は自動的に譲受会社に引き継がれるわけではありません。
労働契約を譲受会社に引き継ぐためには、
- 売り手と買い手の合意
- 従業員の個別の同意
が必要になるのです。
また労働契約をそのまま引き継ぐことのできない事情がある場合は、細部を変更するために従業員と譲受会社で雇用契約を結び直すケースもあります。
このように事業譲渡では従業員が雇用契約から離れる瞬間があり、そのせいで離職が起こりやすくなるのです。
事業譲渡は従業員間に不平等の気持ちを生みやすい
さらに事業譲渡は従業員間に不平等の気持ちを生みやすいスキームでもあります。
これは株式譲渡と比較するとわかりやすいです。
従業員の視点から考えると、株式譲渡は、会社はそのままで経営者が変わるイメージとなります。
これまで一緒に働いてきた従業員が引き裂かれることは原則ありません。
一方で事業譲渡について譲渡の対象となる従業員の視点で考えると、自分は違う会社に移動するのに、他の従業員は従来の会社に残ることになるのです。
こうした理由から事業譲渡の際に従業員間で不平等の気持ちが生まれる場合があります。
従業員をケアする5つの方法
このような事業譲渡においては、以下の5つの方法で従業員をケアしていく必要があります。
- なぜ事業譲渡をするのか経営者自ら従業員に対して真摯に説明する(説明会をする、質問を受ける時間を作る)
- 譲受会社の経営者と、譲渡従業員がコミュニケーションをとる場をセッティングする
- 譲受会社に移ることで、環境が良くなる、より広い業務に触れる機会が生まれる、立場が安定するなど具体的なメリットを伝える
- 譲渡従業員が慕う管理者も譲渡する
- 労働契約、退職金規定などは従来のものを引き継ぐように譲受会社と交渉を重ねる
やはり従業員に対して、譲渡会社の経営者からしっかりと事業譲渡をする理由を説明することは非常に重要です。
これまで従業員と信頼を築いてきた経営者の想いがしっかりと伝われば、従業員が事業譲渡を頭ごなしに拒否するケースは少ないでしょう。
その上で、譲渡される従業員がなるべく良い環境で働き続けることができるように労働契約、退職金規定などについて譲受会社の経営者と細かく交渉していくこともあなただからこそできるケアです。このように事業譲渡の際は従業員のケアを徹底していきましょう。
事業譲渡と従業員の関係については以下の記事で詳しく解説しているので読んでみてください。
まとめ
事業譲渡は一見するとわかりにくいスキームですが、「事業」に紐づく人、物、無形資産という3つの要素を買い手に譲渡するものと理解しましょう。
株式譲渡とともに中小企業の事業承継およびM&Aでよく使われ、複数の事業を営む売り手が一部の事業のみを譲渡するケースに向いています。
以下は今回の記事のポイントです。
- 「事業」は人、物、無形資産で構成され、対価を得てこれらを譲渡するのが事業譲渡
- 譲渡後、買い手は従業員や許認可を個別に雇用・取得するのが手間だが、簿外債務を負うリスクは低い
- 中小企業のM&Aで売り手が一部の事業を手元に残したい場合に向く
- 譲渡する事業の純資産と純利益から「時価純資産+将来利益5年分」で譲渡対価を求めよう
- 事業譲渡においては、従業員のケアを徹底すべき
株式ごと会社のすべてを譲渡してしまう株式譲渡と違って、事業譲渡は事業ごとに譲渡するか否かを決めることができる点で便利です。
中小企業のM&Aとの相性も良いため、あなたも事業譲渡を常に一つの選択肢としておくのがおすすめです。
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