M&Aの実務上、「負ののれん」は特殊なものとして取り扱われることが多いです。
今回は負ののれんについて基礎的な知識から、会計・税務処理、具体的なM&A事例など、わかりやすくイチから解説していきます。
1.負ののれんとは
負ののれんとは、のれんの金額がマイナスとなったもののことです。
この章では負ののれんに関する基本的な知識を見ていきます。
1.1負ののれんの定義
のれんとは、買収価格と買収した企業の持分時価純資産の差額のことです。
負ののれんは、のれんの金額がマイナスとなったものですので、下記の不等式が成り立ちます。
買収価格 < 買収した企業の持分時価純資産
また、のれんは「目に見えない価値」、「超過収益力」といった言葉でも説明できますが、負ののれんは、その逆になります。
1.2負ののれんの計算方法
負ののれんは、以下の計算式で計算することができます。
負ののれん金額=(買収する企業の持分比率 × 買収した企業の時価純資産)ー買収価格
たとえば、A社株式を100%で1億円で取得するケースを考えてみましょう。
A社の資産を3億円、負債を1億円、純資産を2億円とします。
この場合の負ののれん金額は以下のとおりです。負ののれん金額=(100% × 2億円)ー1億円 = 1億円
1.3負ののれんのイメージ
負ののれんのイメージを図示したものは下記のとおりです。
数字例は、1.2の例と同様です。
上記のとおり、純資産2億円の価値のA社を、1億円で買収できるため買収するだけで1億円の利益があるかのように見えます。
そのため、負ののれんは、買い手としては得、売り手としては損、というのが基本的なイメージとなります。
1.4負ののれんが発生する理由
負ののれんはM&Aの世界では特殊なもの、あまり見かけないものであるという説明がなされることがあります。
なぜなら、売り手としては負ののれんが出るような金額で売却するのではなく、会社を清算した方が金銭的には有利であるためです。
それでも負ののれんが発生するケースは、以下の2点のような時が考えられます。
- 売り手が経済合理性より優先したいことがある場合
- 簿外負債や偶発債務の影響
① 売り手が経済合理性より優先したいことがある場合
売り手は自社を売却する場合、より高い金額で売却したいと考えるのが一般的です。
しかし、金銭的な条件よりも、特定の人に自社を引き継いでもらいたい、清算するのではなく安値でも良いから会社を続けてほしい、といったことを優先するケースがあります。
金銭条件よりも定性的な条件を重視した場合、売り手は時価純資産よりも安値で売却することがあるのです。
② 簿外負債や偶発債務の影響
訴訟リスクがあるが発生可能性は低く、会計上処理されないといった場合、負ののれんが生じる可能性があります。
買い手としては訴訟リスクなどの偶発債務を鑑み、時価純資産よりも安い価格でないと、投資のリスクとリターンが合わないと考えるためです。
売り手としても、訴訟リスクがある分、手放してしまった方が楽と考えていれば、買い手と売り手の交渉金額がまとまり、負ののれんが発生する金額でM&Aが成立することがあります。
読者買い手としては負ののれんが出る金額で買収できれば、買収の成功確率が上がることにつながりますか?
編集部投資金額が低く抑えられるので、その点は成功確率が上がる要因の一つです。
ただし、負ののれんが出る案件は赤字続きだったり、成長が落ちていたりするので、事前にきちんと買収監査を行う必要があります。
2.負ののれんの会計処理への影響
負ののれんの基本的な知識を押さえた後は、会計処理を確認していきましょう。
2.1買い手の会計・税務処理
正ののれんが生じた場合は、貸借対照表上に計上し、20年以内の期間で定額償却します。
のれん償却費は連結損益計算書上、販売費及び一般管理費に計上します。
負ののれんは、正ののれんと会計処理が大きく異なります。
貸借対照表に計上されることはなく、負ののれんの発生時に一括して特別利益に計上します。
このような会計処理を行う理由は、負ののれんが発生するM&Aが経済的合理性がなく、異常な取引であると考えられているためです。
なお、負ののれんが発生するのは、連結財務諸表のみであり、個別財務諸表上に現れることはありません。
負ののれんが発生する取引であっても、正ののれんが発生する取引であってもどちらも、個別財務諸表では、単に有価証券の取得として表現されるのみです。
税務面でも、連結上の勘定科目である正ののれんや負ののれんは関係がありませんので、のれん償却費や負ののれん発生益が損金や益金になることはありません。
課税関係に影響があるのは、買収後、株式を第三者に売却する時や買収した会社が倒産した時などしかありません。
2.2売り手の会計・税務処理
売り手の会計処理は正ののれんが出る場合も、負ののれんが出る場合も会計処理は同じです。
買収額と売却する株式の簿価の差額を、株式売却損益として処理するのみです。
負ののれんの場合は、純資産価格よりも安く売ることなので、正ののれんが出るM&Aよりも、株式売却損が出る可能性が高いと言えます。
税務面は、正ののれんの場合も負ののれんも同様ですが、個人で株式売却益が出た場合は所得税の対象となり、他の税金と区分して計算される申告分離課税となります。
2.3負ののれんとのれんの減損の違い
負ののれんとのれんの減損は、以下の点で違いがあります。
- のれんの減損は、負ののれんでは発生しない点
- 発生タイミングの違い
① のれんの減損は、負ののれんでは発生しない点
のれんの減損とは、買収前に策定した事業計画の未達など、買収額の回収が困難となった場合に資産価値が認められないとして、貸借対照表に計上しているのれんを減額する処理のことです。
負ののれんでは、そもそも、貸借対照表に計上されることはないため、負ののれんの減損が起こることはありません。
負ののれんは2.1でも解説したとおり、一括して損益計算書に計上することとなります。
② 発生タイミングの違い
負ののれんは、「発生時」に負ののれん発生益として損益計算書の特別損失に計上します。
一方、のれんの減損は、「買収額の回収が困難となった時点」に減損損失を計上するため、両者は発生のタイミングが異なります。
のれんの減損は、実務上、以下の3つのステップにより計算されていきます。
① 減損の兆候の把握
のれんを減損すべきかどうか、最初に減損の兆候を把握します。
減損の兆候がなければ、以降のステップは必要ありません。
営業利益や営業キャッシュフローの赤字継続、経営環境の変化などの際に兆候ありと判定されることとなります。
② 減損損失の認識
買収により獲得できる割引前将来キャッシュフローの総額を計算し、のれんの金額を上回っているかどうかの回収可能性テストを実施します。
結果として、以下の不等式が成り立つ場合は、減損損失を認識し、測定のステップへと進みます。
割引前将来キャッシュフローの総額 < のれん
③ 減損損失の測定
最後に減損損失の金額を算定します。
のれんの減損損失は以下の計算式で計算することができます。
のれんの減損損失 = のれん帳簿残高 ー 買収による将来キャッシュフローの割引現在価値
減損損失の計算時にはじめて割引計算を行う点は注意が必要です。
②減損損失の認識ステップでは、割引「前」将来キャッシュフローの総額を減損すべきかどうかの判定に使用しており、実務手続を簡略化しています。
2.4日本基準とIFRSでの負ののれんの会計処理の違い
日本基準とIFRSでは、正ののれんにおいては以下の違いがあります。
正ののれんの相違点
日本基準:最大20年以内で定額償却する
IFRS :のれんの償却は行わず、毎期減損テストを実施する
負ののれんについては、日本基準もIFRSも貸借対照表には計上されず、発生した事業年度に一括して利益計上する点では共通しています。
負ののれんの相違点
日本基準:損益計算書の特別利益に表示される
IFRS :損益計算書に特別損益の表示がないため、営業利益に含まれる
日本基準では、売上総利益、営業利益、経常利益、税前利益、税後利益の5区分に損益計算書がわかれていますが、IFRSでは、売上総利益、営業利益、税前利益、税後利益しかありません。
IFRS上、営業利益と税後利益の間には、金融費用、金融収益、関連会社及びジョイント・ベンチャーの純損益に対する持分、などが表示されます。
この間に入らない「負ののれん発生益」はその他の営業収益として、営業利益に含まれることとなるのです。
読者
日本基準もIFRSも、負ののれんは負債に計上することなく、一括で利益計上するのですね。
何か理由はあるのでしょうか?
編集部日本基準でもIFRSでも、負ののれんは特別で異常なものと考えられているためです。
なお、米国基準でも同様の処理を行います。
また、どの会計基準でも負ののれんの会計処理をする前に、識別可能資産・負債及び取得原価の配分を見直すことが必要であり、負ののれんが特別なものであることがわかります。
3.負ののれんが発生したM&A事例
これまでは負ののれんの基礎知識と会計処理を解説してきました。
実際のM&A事例を元にしながら知識のおさらいをしていきましょう。
3.1ライザップ × ビーアンドディー
ライザップ社は2017年12月20日の取締役会にて、スポーツ用品の販売を行うビーアンドディー社の株式100%を取得することを決議しました。
ビーアンドディー社の取得日時点の純資産は238百万円、取得対価は0円でした。
そのため、以下の金額の負ののれんが発生しています。
(純資産238百万円×取得比率100%) ー 取得対価0円 = 238百万円
ソース:ライザップ社 有価証券報告書 2018年3月末
ライザップ社とビーアンドディ―社のM&Aを図示すると以下のとおりになります。
純資産が238百万円ある会社を0円で100%買収できたわけですので、負ののれんが発生することが直感的にわかりやすい事例となっています。
ただし、負ののれんが発生するからと言って、負ののれんが発生する案件を全て買収することにはリスクが当然にあります。
ビーアンドディー社がライザップ社に買収されてからの業績は、売上高1,335百万円、当期損失△39百万円と開示されています。
このまま、赤字が継続してしまえば、負ののれん発生益238百万円を超える累積赤字となってしまうかもしれません。
3.2伊勢丹と三越の経営統合
経営統合の際にも負ののれんが発生することがあります。
伊勢丹と三越が2008年4月に経営統合した時には、負ののれん700億円が発生しました。
スキームは株式移転により、共同持株会社「三越伊勢丹ホールディングス」を設立し、両社が新会社の傘下となる形です。
当時の負ののれんの会計処理は、2010年に改正され一括利益計上されることとなりましたが、それ以前は、貸借対照表の負債の部に計上し、定期償却することで徐々に利益計上する処理でした。
三越と伊勢丹の経営統合も古い会計基準により処理されていたため、700億円の負ののれんを計上し、5年間定期償却することで経常利益増加の効果がありました。
伊勢丹は三越の将来キャッシュフローを割引現在価値になおす計算方法により企業価値を算定したものの、三越には銀座などに多額の含み益を有する土地を持っています。
そのため、以下の不等式が成り立ったことにより、負ののれんが発生するディールとなったのです。
三越の純資産(土地含み益を加味)>三越の将来キャッシュフローの現在価値=買収価格
三越側の株主の立場からすると、他の第三者へ売却した方が経済的価値は大きかったのかもしれません。
しかし、大手デパートの買収は、すでに経営ノウハウのある大手デパートしかシナジーがなく、他業種による買収は困難な状況であったと考えられます。
読者上場企業や大型のM&Aでも負ののれんが出るものなのですね。
会計処理が特殊な分、事例自体は少ないかと思っていました。
編集部はい、今回ご紹介した事例以外にも負ののれんが出るM&A事例はあります。
異常で特殊なトランザクションと考えられている割には、多くはないものの事例があり、そこがM&Aの奥が深いところでもあります。
4.負ののれんの実務上の留意点
最後に、負ののれんの実務上の留意点に触れていきます。
買い手、売り手、中小企業のM&Aの観点でそれぞれ解説していきます。
4.1買い手として負ののれんを注意すべき理由
負ののれんは、損益計算書上、一括して利益計上することができます。
そのため、「負ののれんが発生する案件であれば、全て買収した方が良い」と考えることもできます。
しかし、負ののれんの発生する買収案件は以下の2点に注意しなければなりません。
① 赤字が継続し続ける可能性
負ののれんが発生するような買収案件は、赤字であることは珍しくありません。
赤字であるからこそ、負ののれんが発生する金額で買収できるとも言えます。
たとえば、1億円の負ののれんが発生する案件ですが、毎年5,000万円の赤字を計上している会社を買収するケースを想定してみましょう。
買収時に1億円の利益計上はできますが、1年後、2年後に5,000万円の赤字が継続してしまっては、結局累積でトントンになってしまいます。
3年目以降も赤字見込なのであれば、トータルで投資成果がマイナスとなります。
買収後に赤字を脱却すべく、経営改善できなければ、再度第三者に負ののれんが出るような金額で売ることにもなりかねません。
結局、負ののれんが計上される案件でも、M&Aの基本通り、将来事業計画の妥当性を検証し、自社とのシナジーがあるかどうかは、慎重に検討しなければなりません。
② 簿外負債や偶発債務の可能性
負ののれんが発生する案件は、正ののれんが発生する案件よりも、簿外負債や偶発債務に注意しなければなりません。
買収価格が安くても売りたい株主がいるという点を強く意識し、買収前にはデューデリジェンスは欠かせません。
たとえ買収がゼロ円であったとしてもデューデリジェンスに関する費用は節約するべきではありません。
3.1で説明したライザップ×ビーアンドディーの案件も、買収価格はゼロ円ですが、仲介手数料やデューデリジェンス費用などの取得関連費用を約4百万円計上しています。
読者
買収を考えているのですが、負ののれんが出る案件でも注意すべき点はわかりました。
きちんとデューデリジェンスや事業計画をもとに回収可能性を検討したうえでの買収であれば、割安な価格の分、成功しやすいと言えるでしょうか?
編集部はい、おっしゃる通りです。
負ののれんの案件は、考慮しなければならない点は多いものの、純資産よりも割安な価格で買収できることは事実です。
リスクを見極めたうえで投資実行することが大事です。
4.2売り手として負ののれんが出ても売却した方が良い場合
売り手にとっては、自社を売却する際はなるべく高い金額で売りたいのが当然の心情です。
しかし、状況によっては負ののれんが発生すべき場合でも、売却した方が良い場合は存在します。
① 友人、家族など特定の人に売却したい場合
自社を売却したいが、第三者に売却したくなく、友人、家族など特定の人に売却したい場合、通常のM&Aよりも金額は安くなりがちです。
特定の人の資金力の限界値が、負ののれんが発生するレベルの金額であったとしても、特別な理由がある場合は売却するべきでしょう。
② 買収以外の条件が良い場合
自社を売却する場合、売却後も代表取締役として自社を経営することも一般的に行われています。
たとえば、負ののれんが発生する金額で売却したとしても、役員報酬のアップなど金銭的な条件が付されている場合は、取引スキームのトータルで検討するべきです。
4.3中小企業のM&Aでは負ののれんが出ることも一般的
上場企業がM&Aを行う場合、負ののれんが生じる案件は少なく珍しいパターンと言えます。
スタートアップの買収も純資産が少なく、バリュエーションが高くなることから、負ののれんが出るケースはほとんどありません。
一方、中小企業のM&Aでは、負ののれんが生じるようなM&Aも多数行われているのも事実です。
老舗企業の引継ぎや経営難の会社を救済するケースなど、様々なタイプの案件があります。
ただし、買い手であっても売り手であっても、負ののれんが出る取引またはスキームについては適切なリスク管理は必要不可欠です。
M&Aに精通した専門家への相談は必ず実施することがお勧めです。
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